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「自分に負けたくない、ただそれだけ」想い、縁、絆が導いたトンテキ元気×浅草ちゃんこ場8周年の軌跡〜後編〜

~前回のおさらい~
持ち前の人柄と何でもチャレンジする精神で、高校の食堂を今までにない試みで盛り上げたり、自身の店の3ヶ月連続赤字危機を無事脱したウッチーさん。
だが、店が軌道に乗ったタイミングで契約期限終了...果たして、ウッチーさんとトンテキ元気はどうなってしまうのか?!?!

チャリンコで出会った「豚八ビル」1棟借り!!!

失うものは何もなく、前しか見えない状況だったので毎日自転車で近所を周り、物件探しをしていたところ、老舗洋食店「豚八」が閉店しているのを見つけました。
当時、同店は浅草のランドマークとして"24時間365日52年間"営業していたのですが、「惜しまれつつ閉店した」という話を聞いたのを覚えています。
そのお店が入っていた「豚八ビル」は、「誰にも売らないし貸さない」という噂でもちきりでしたが、いつも通り店の前を自転車で通ったところ、スーツの男がテナント募集の張り紙を貼り付ける瞬間に立ち会ったんです。

ーおおお!!!!一大チャンスじゃないですか。

「よく分からんけど、早い方がいいだろ!!1階だけ貸してほしい!!」と思い早速張り紙を見て電話をかけ不動産に赴いたところ、「ビル1棟でないと貸せません」と言われてしまいました。

ー(スケール...スケールがでかすぎるよママ...)←タカハシ心の叫び

さすがにその場で即答はできず、1度持ち帰ったところ、3日後には大手アミューズメントほか複数の大企業からの申し込みがあったことを知りました。
「そんな話があったら、勝てる訳がない。あっという間に入札されて終わりだ。夢を見ていたな」と思い不動産屋と改めて話したところ、ビルのオーナーから「1番はじめに申し込んでくださったのは内田さんなので、内田さんとまず交渉させてください。それで条件が合わなければ、次の方に回します」というお話があったことを聞かされました。


何の後ろ盾もない、風が吹けば飛ぶような店でしたが、そこは義理と人情の浅草、順番を重んじてくれたんですよね。金銭の条件面や取引相手も含めてフェアに見ていただいたんです。

ー仁義を重んじてくださったんですね。いや〜、これぞ「浅草」(COREZO!ASAKUSA★)なエピソードじゃないですか!!

まさに!ですよね(笑)
改めて従業員を含めて話したのですが、当然のごとく反対されて。ただ、もう後には引けなかったし「豚八ビルで活路を見出したい」という想いから、ビルを1棟借りることに決めました。

ーものすごい決断力!!!

お祝いのパーティーをした時、みんなは楽しそうでしたが、僕だけは便所から出れませんでしたね。

ーえっ、どうしてですか。

契約書に判子を押したのはもちろん自分だったのですが、プレッシャーから嘔吐が止まらなかったんです。「何で決まっちゃったんだろう...おぇぇぇぇドゥルルル(以下略)」状態でした。

ー僕、ウッチーが物件を決めたまさにその日に立ち会っていて。「物件、あいてたよ!!!でも、ビル1棟借りなきゃいけねぇんだよ!!!!」って話を聞いた時は「アホだろ!!」って思いましたね。クレイジーすぎて(笑)(くらはしさん)

▲ここから、再始動!!!!

仲間とゼロから作り上げた新たなお店は、チャンコ日本一に。

ーその後はどのようにお店を作り上げていったのでしょうか。

お店をオープンするにあたり、「とにかくまずは1階をつくろう」と思い、お金もなかったので、前の店から台車を使って業務用の冷蔵庫を運びました。

▲看板は、前の店で仲間が手作りしてくれたもの。今やこの店の象徴。

ー人力で業務用冷蔵庫運ぶってまた、すごいですね。

落ち着いたタイミングで2階のことを考えたのですが、お好み焼きやもんじゃ焼き、焼肉屋等は溢れかえっていたので、「ちゃんこ鍋なら、お腹にたまるうえに、浅草にないので面白いのではないか」と思い、元力士の同級生・田代良徳(通称たっしー)に「協力してくれないか」と頼みこみました。
当時足立区のスーパーの店長を務めており、飲食店勤務の経験は一切なかったたっしー。はじめは「無理だよ」と断られたのですが、「無理って言われてもやるよ」と半分脅しのようでしたね(笑)

▲「ちゃんこ長」ことタッシーさんと、ブラッピーくん。

ー(さすが、意地でも諦めないウッチーさんや...)←心の声その2

結果、「相撲業界を盛り上げたい」という想いを持っていたたっしーと、「ちゃんこをやりたい」という僕の想いが一致して、2人でお店をやろうということで2013年10月頃に「浅草ちゃんこ場」をオープンしました。
ちゃんこの認知度を上げるために、様々な工夫を凝らしましたね。

それでも2年ほど売れなかったのですが、3年を迎えたころ、少しずつオーダーが増え始めたので、そのタイミングで、「トンテキ元気×浅草ちゃんこ場」として元々それぞれの店で分けていたメニューを統一しました。

ただ、棲み分けはしっかりしていて、1階はテーブル、2階は座敷にしています。

▲ドヤッ!2階はこんなに広いのだ〜〜!「2階では獺祭の1升サービスなどをやっており、主に宴会で盛り上がります」(ウッチーさん)とのこと。(獺祭いいなぁ...飲みたい...)

昨年は、全国選りすぐりのちゃんこ展が出店し、販売数を競って"ちゃんこ界の横綱"を決めるイベント「CHANKO-1グランプリ」に出店し、2500杯を売る成績を収め見事優勝。"横綱ちゃんこ"に認定されました。

最近ではハウス食品さんから「鍋のしめのシチューを開発してください!」などとお話もいただくようになって、やっとちゃんこが形になってきたと感じていますね。

▲天下獲ったど〜〜〜!!!!

酒で己を鼓舞し、ラッパーとコンクリートで喧嘩?!

ーお店のメンバーとの思い出に残っているエピソードはありますか。

HANABIというラッパーが去年までうちで働いていたんですが、本当に荒くれ者だったんです。
問題を起こす度に「気合い入れるぞ!」と言い、1ℓのジョッキをガンガン飲んでから外に出て、コンクリートの上で裸で取っ組み合い

ー(酒量がやべぇ)←心の声3

翌朝は2人とも記憶がなく、「俺、骨折れてるんだけど」「俺も折れてるんですけど、何なんですかね」というやりとりをしていました。他の人が撮った動画を見て「これは折れるわ」と気づくっていう(笑)
国際通りを2人で走って、知り合いの会長に「うるさい馬鹿野郎!!!」と怒鳴られたこともありました。去年までは、そんなことがしょっちゅう。
「俺が絶対にお店を盛り上げなきゃいけない」という勢いでやっていたので、ぶつかり合うとどうしてもそうなってしまうんです。
8年経って、やっとスタッフも落ち着き、問題が起きなくなってきましたね。

あとは、僕が飲んでた時に酔っ払ってムーンサルトキック!(※バク宙キックの意)ベーン!!!(※効果音)なんてやってて骨を折ったくらいかな。
現代の医療は素晴らしいので、手術でプレートを入れて、リハビリ後4〜5日でだいぶカッチカチになりましたけどね。

▲「治ってよかった...」

ーウッチーさん、パワフルすぎます。(白目)

溶岩プレートで火災発生。九死に一生を得たウッチーさん。

そんな中、最大のピンチが訪れました。火事が起きたんです。
うちでは、オーブンで温めてからプレートに肉をのせる「溶岩プレート」を提供していたのですが、冬はなかなか温まらないので朝5時に火をつけてオーブンの中に入れ、前準備していたんです。

火災当日も、いつものように準備を済ませていました。
すると、嫁が「何かガシャガシャ音がして様子がおかしいんだけど」と言う。
慌てて様子を見に来たら、入り口の扉の隙間から煙が出ており、開けたら火柱と白煙が広がっていたんです。

ーとても恐ろしい状況...。ウッチーさんは、どのように対処したのですか。

「俺が行くのかよー!!!」と思いつつも、自分の店なので、隣の雑貨屋さんが持って来てくれた消火器と共に一番奥の厨房に突入したところ、木でできた棚に油が染み込んで、そちらも火柱が上がっている状態。おまけに、色々なものが熱で溶けおちてきていました。

その時は「やべーーー!!!とにかく火、消すぞーーー!」と必死で、熱さも感じませんでしたね。

どうにか、火が見えなくなるまで消火器をまいていた時に消防士が入って来て、「火が回ってしまう」ということで天井を壊し、ホースをまいてくれました。

その場は落ち着いたのですが、「5階に、HANABIがいる。逃さないと」と思い、急いで階段をのぼりました。

ー映画のようなスリリングな状況ですね...(手汗がやばいタカハシ)

5階の防火扉が閉まっていたので、煙がもくもくと充満している状況で、「HANABI!!!大丈夫か!!!」と叫んだのですが、届かない。そうこうしているうちに、僕が一酸化炭素中毒を起こし、フラフラになってしまった。
「これはまずい」と思い、どうにかこうにか4階まで這いつくばって降りて、窓を開けて、HANABIに電話したんです。「火事だ」と。

そのタイミングで消防士が助けにきてくれてHANABIは無事脱出。
僕にも「内田さん、大丈夫ですか?!マスクを持って来たのでこっちまで来て、つけて避難してください」と声をかけてくれたのですが、そこまで行くのも怖かった。決死の思いでどうにかたどり着いたが、マスクが吸えない。

▲「吸え...ないだと...?!?!?」

ーななな、なんですとーーーーー!!!!マスク、マスク早く機能して!!!!

「吸ってください!」「吸えないです!」というやりとりを2回繰り広げ、栓が閉まっていることに気づいた消防士が開けてくれてどうにか吸うことができたのですが、その時は「この野郎、殺す気かぁぁぁぁぁ!!!!」と思いましたね(笑)
外に出たら「ウッチーが死んじゃった」とスタッフが泣いているような状況でした。

ちなみに、5階の防火扉がしまっていたのは、酔っ払った僕が5階の寮にみんなを起こしに行って、「飲もうぜ!!!」と言うのが嫌だったから、スタッフがあえて閉めていたようなんです。
そのおかげで全員助かりました。僕だけが苦しいみたいな(笑)

ー奇跡と運に救われましたね...!!!ああよかった。(ほっ)その後、お店はどうなってしまったのでしょう。

そんなこんなで営業ができなくなってしまったのですが、計算したところ、3週間営業できなかったら店はおしまいだ、ということが分かったんです。
なので、設計担当に「この日までに店が復活しなかったら飛び降りる。頼む。」と24時間稼働してもらい、本当は数ヶ月かかる工事でしたが何とか復活させることができました。

店の営業休止中も、「せっかくだからやりたかったことをやれるようにしよう」と従業員全員を知人の職場に紹介し、勤めさせましたね。

▲酉の市での仲間たちとの様子。

今こうして笑い話として話せているのは、ひとえに協力してくれた仲間達のおかげだと思っています。お店をやっているのも、「仕事」ではなく「ライフスタイル」という感覚ですね。それしかやってきていないし、やりたかったから。
色々あるけど、だからこそ楽しいのかもしれません。「仕事が嫌だ」と思ったことは一度もないです。「みんなに支えられていること」それが本当に嬉しいです。

「仲間との縁」で中国・台湾進出決定。ウッチーさんの展望

ーそんな数々の困難を乗り越えて来たウッチーさん。中国・台湾進出を決めた理由は何ですか。

亡くなった父は美術商として日本だけでなくヨーロッパをまわっていたのですが、僕に
「世界で仕事をしてもらいたい」と言っていたんです。その時の言葉がずっと心の中に残っていました。

そんな折、たまたま同級生から電話があり、「中国のデパート設計に携わっているが、1フロアを"ジャパンフードタウン"としてオープンするので、一緒にやらないか」と依頼がありました。そちらは4月にオープンしましたね。

台湾に関しては、先輩から「サービスエリアの1フロアに日本の飲食店を出店し"リトルジャパン"としてオープンしたい」という話をもらいました。
それだけではなく、浴衣を着たり、忍者の格好をしたりして、浅草でやっているようなことをできたら面白いと思っています。他にも、リトルジャパンに旅行の窓口をつくって浅草に呼び、台湾の人に楽しんでもらうとか。「文化の交流と経済の循環」ができたらと感じました。

ー日本の良き文化を、徐々に海外に広めていけたら良いですよね。今後、さらにチャレンジしたいことはありますか。

僕がサーフィン好きということもあり、東京五輪のサーフィン競技会場にもなっている一宮にサーフビレッジをつくってゲストハウスやキャンプ場として機能させたいです。
サーファーやヨガインストラクターを呼んで住み込みでガイドしてもらったりとか。スローな施設をつくりたいですね。そこから世界にサーフィンの文化を発信していきたい。

肉を焼くのも大好きなんですが、そういった施設ができれば、入り口として機能すると思ったんです。タレ漬けした肉を真空パックにつめてサーフビレッジでバーベキューをしてもらう、なんてこともできるかもしれないし。「どうだ!美味いだろ!こうやってひっくり返すんだよ」なんてレクチャーしたいですね(笑)

▲「肉焼くの、大好き!!!」

ーめちゃめちゃ美味しそうです...(遠い目)

「店をやる」という夢しかなかったけれど、今はその先が見えるようになってきた。
死ぬまでに実現できたらと思います。

6月17日開催の「元氣祭」。コンセプトと想い、見所とは。

ー海外進出など、様々な試みに挑戦するウッチーさん。他にも、近々では6月17日に"元氣祭"が控えていますね。なぜ開催しようと思ったのですか?

1番最初に熊本震災の義援金を募って元氣祭を開催したのが一昨年。
あとは、自分自身パーティーが好きでしたし、周りにDJや音楽をやっている仲間が多かったこともあって始めました。
うちはせっかく5階建てなので、フロアごとに色を出してイベントができたらおもしろいのでは、と思ったんです。

開催日は、ちょうど三社祭や鳥越祭など大きなお祭りが終わるタイミングなのですが、
「終わらせないぞ。俺らにしかできないことをやろう」という想いでやっています。

ー文化祭でいう"後夜祭"みたいでとっても良いですね!!!

▲元氣祭のフライヤー。ポップなフォントにカラフルな配色、まさに「元氣」!!!

ちなみに、フライヤーは英字版をゲストハウスに配って海外の方も呼ぶ予定です。
様々な人が交流できる場になればと思いますね。

ーそんな元氣祭の見所はどこにあるのでしょうか。

今回は、1階と2階を使用しイベントを開催するのですが、1階は様々なジャンルのアーティストを集めてセッションをします。
セッションを始めようと思ったきっかけは、この間、三味線奏者の山本大さんが出演し、世界中の民族楽器と共にセッションするイベントに参加したこと。
色々な楽器のルーツを学びながら音を楽しめたし、「三味線と打楽器、異なる楽器同士でも相性が良いんだ」という新たな発見があった。何より、トランス状態になれる空間づくりも秀逸だったんです。

2階はCHOP STICKさんなどのレゲエDJや演歌歌手、沖縄民謡歌手をゲストに招き、「ゆるく宴会ノリで楽しもう」というコンセプトです。
1階はアーティスティックになると思うので、その違いも楽しんでいただければと思いますね。

フードは、「カゴフォルニアBBQ」と新メニュー「Tokyo Local Burger」のお披露目も
あります!期待していてくださいね〜。

終わりに

「お客様と仲間の境目がなく、本当にみなさまのおかげで日々幸せにお店をやらせてもらっています。"美味しく楽しい"お店を長く続けていければと思うので、末永く応援していただけたら嬉しいです」と語るウッチーさん。

その笑顔は、ご自身の趣味であるサーフィンが映える朝焼けのビーチのように晴れやかで一切の壁がなく、「このパワーが、ウッチーさんが皆から愛される理由なのかもしれない」と感じた。

絶対に意志を曲げず、自分と仲間を信じ抜き、「思い立ったが吉日」のパワフルさで行動する力を持つ人。
無論天が見放すはずもなく、運すらも味方につける人。
そんなウッチーさん共々成長を遂げる同店が切り開いていく新しい道は、これからも輝かしく照らされてゆくことだろう。

※6/17の元氣祭もバッチリ取材するので、お見逃しなく!!!
タカハシの飛び入りDJもあるかも...?!?!乞うご期待!!!


この記事を書いた人

ふつかよいの タカハシです。

ふつかよいのタカハシです。三度の飯より酒を愛しています。
イッセイミヤケの販売員を経てアパレルメーカーの営業職に転職、その後フリーライターに。
COREZO!ASAKUSAを通し、ディープな浅草の魅力を発信していければと思います。


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ありがとうございます!励みます!
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シタマチの「古いと新しいをつなぐ」架け橋メディア! 地域の人と縁がつなぐストーリーを、個性的でエネルギッシュなライター陣が 笑い多め・時にはウルウルさせちゃいます!
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